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30年間つづいた緊張の真の原因が腑に落ちたとき、過去の自分と決別して新しい時代が始まりました

4泊5日難病コース H・Kさん 男性 30歳 長野県

<緊張は、幼少時代からはじまる>

僕は物心ついたときから、緊張していました。不安と緊張のかたまりでした。小学校から胃が縮む思いで学校に行っていました。給食はぜんぜん食べられず、食欲はわかなかったです。

小学校の時は、学校では緊張していましたが、少年野球をやり、遊ぶのは楽しかったです。友達もいました。友達は僕が緊張しているなどとは思っていなかったと思います。中学校では,より緊張がひどくなり、ちぢこまって元気がない状態になっていました。おとなしくなって衰弱がでてきました。

<元気がなくなり、人生が終わるのを待っていた>

高校になるともっとひどくなり、人と一緒にいるのも緊張してきて、離れたくなるんです。友達と遊ぶのもしんどいんです。人が怖いわけではないんですが、人の顔色を伺うような感じで、傷つくようなことを言われると、それが残ってしまったり、嫌なことを言われないだろうかと思ってしまう自分でした。

 学校に行くのもしんどくて、どうしていいかわからなかったです。衰弱してくると寝てばかりで、元気がなくなり、縮こまる感じです。外へ出たらしんどくなり、何かやろうという気力も出てきませんでした。

 こんな自分のことを家族にはわかってもらえませんでした。自分でもどうしていいかわからないので、生きるのを投げ出して人生が終わるのを待っていました。 

<はじめて精神科へ行き、薬を飲みだす>

 高校を出て、名古屋のバイオテクノロジーの専門学校に入り、一人暮らしを始めました。しかし、衰弱して弱ってきて、精神的にも参り、学校もほとんど行かず、実家の諏訪(長野)に帰ってきました。

 そして母親に連れられて、はじめて精神科にいき、薬を飲みだしたのです。薬を飲みだすと、衰弱はなくなりましたが、緊張するのはよりひどくなりました。20代はずっと薬を飲み続け病院に通っていました。外に出ると緊張するので、家で過ごしていて仕事にもつけませんでした。

<自殺未遂、そして生まれて始めて怒りを出す>

 現在は30歳ですが、3年前、もう生きているのはムリだと感じて塩素ガスで自殺をはかりました。しかし死ねませんでした。このことは誰にも気づかれませんでした。

 自殺しようとしていた時、もうこれで終わりにしようと思っていたとき、気持ちがぐらぐらゆれて、カベが破れるような喜びが湧いてきた瞬間がありました。「世界中の人が家族だ」と感じてワーと喜びが湧いてきました。

そして今までたまっていたうっぷんを吐き出したい気持ちになり、怒りが爆発して、家で叫びあたりちらしました。隣で寝ていた兄や親に今まで言えずにいた本音をぶちまけました。生まれてから一度も、怒りを出したことがなかったので、どうやって怒りを出したらいいかわからず、発作状態でした。

<カイヨー性大腸炎になり、統合失調症の病名がつく>

その時の発作で、僕は興奮しすぎて、カイヨー性大腸炎を起こし、1ヶ月入院しました。 その後、また怒りが爆発して、カイヨー性大腸炎が再発し、1ヶ月入院しました。そして、去年(2008年)12月には、激しく感情が出て母をけったりするひどい発作が起き、病院でも叫んでしまい取り押さえられ、1週間入院しました。「統合失調症」という病名をもらいました。

 実は3年前、気持ちがゆれてカベが破れるように喜びが湧いてきた時、瞑想をやっていたんです。その時から、自殺はやめました。そして、何とかよくなろうとして、本を読んだりして、ちょっとずつ思いつくことを行動できるようになってきました。

<身心養生苑に来て内観をする>

そして先日、安保先生と鬼木先生の『免疫道場』を読み、ネットで調べて、ここなら大丈夫そうだと思って身心養生苑に来たんです。 

 身心養生苑では、初日、鬼木先生の話を聞いたあと、母に対する内観を行ないました。一段階目は生まれてから、小学校入学前までを調べて角谷先生に報告しました。その時角谷先生はこう言われました。

「物心ついた時から緊張していたなんておかしいね。お父さんとお母さんが仲が悪くてケンカばかりしていたとか、あるいは、上が男ふたりだから、お母さんは女の子が欲しかったんじゃないかな。」

 そう言われて俺はハッとしました。そういえば、母は俺をおかっぱ頭にしたり、女の子の格好をさせていたっけ。母は、女みたいな可愛らしい自分を喜ぶので、女みたいな男をめざしていた。無意識の中で、母を喜ばせようとして、本当になりたい自分をおさえこんでいたんじゃないか、って気づきました。

 3年前までは、かわいいと言われたら喜んでいた自分がいました。しかし、それまで我慢していた怒りや不満、たまっていたものが、3年前バクハツしたんです。鬼木先生も角谷先生も、そのバクハツはいいことだったと言ってくれました。

<30年間緊張していた、真の原因がわかる>

 そしてはっきり、原因がわかりました。俺がなぜ30年間緊張していたかの真の原因が…。それは、「人の喜ぶことばかり演じて、本当の自分らしさを抑えていたからだ。だから、緊張していたんです。だから、生きづらかったんだ!!」このことがわかったときは、一緒にいた角谷先生も鳥肌がたったようです。

母も俺も、これまでは何でこんなに自分が苦しんでいるのかがわからなかった。でも、このときはっきり理由がわかったんです。理由がわからなかったのが、緊張や不安などいろんなことの原因だった。だから、自分も相手も責める必要はない。これからは本当の自分らしさを抑えずに生きてゆく。この決心が今回できました。

そういえば俺は小さい頃から、自分を抑えていたのが、内観をしてはっきり見えてきました。これがやりたいとか、やりたくないとか言いませんでした。いつもニコニコしていた。自分に自信をもって行動したことがありませんでした。自分を信じられないから、誰かがいいということしか信じられなかったんです。それに、感動した思い出、楽しかった思い出がないんですね。母も怒りはだしませんでしたね。兄弟仲良くといわれて男3人ケンカもしませんでした。家の中のみんな、怒りを抑えて暮らしていたのかもしれません。

<自分らしさを出して生きる。言いたいことは言う>

「人は自分のことで精いっぱい。誰も他人のことなんか気にしていない。」と角谷先生に言われましたが、俺は人の顔色を気にしているから、自分の思うようにふるまえなかった。これからは気にするのをやめます。昔のことは、理由がわからなかったので、悩んでいたけれど、もう過去は終わりました。今日から新しい時代が始まりました。

『自分らしさを出して生きる。言いたいことは言う。』これがこれからの俺のモットーです。まだ、具体的には思いつきませんが、これからは人に喜ばれることをして生きたい、人の役にたって生きたいと思っています。