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8年間続いた極度のうつ、神経性で20回も自殺未遂した私が、6日間で本来の自分をとりもどした真実の体験

A・Kさん(31歳、女性)静岡県在住
5泊6日のコースに参加


<養生苑にくるきっかけ>
私は今回、1週間の予定で身心養生苑に来ました。養生苑は、最後の切り札で、ここでダメだったら死のうと決めていました。
知り合いのTさんが、養生苑に行って確実に元気で明るくなり、人が変わったのを目の当りに見ていたので、ここに行けば、長年続いている私のうつや神経症、人格障害の自分が変われるんじゃないかと思ったのです。
実は養生苑にくる1ヶ月ほど前、乗っていた車が事故に合い、私は脳しんとうくらいでたいしたことはなかったのですが、その後、昔からあったうつがぶり返し、ひきこもりになりました。(なぜかは、その後の内観などでわかりました)
麻薬患者のように20種類もの薬を飲み続け、最近は薬は減ったものの、タバコとコーヒーの毎日でした。「タバコ、コーヒー、薬」。気づいた時は自分でもゾッとしました。強度な被害妄想、うつ、不安、わけのわからない焦り…。養生苑に来る3日前は、本当に死にたい気持ちでした。ここでダメだったら死のうと覚悟して参加しました。


<23歳から薬づけ>
症状がひどくなったのは、23歳の時。
実は23歳の時、付き合っていた彼とその友達から、ひどい虐待を受け、精神的、肉体的に大きな傷を受けました。それだけでなく、2ヵ月後、その彼がバイクの事故で亡くなってしまったのです。
それから私は、自宅にとじこもるようになり、うつになっていきました。同時に、安定剤、抗不安剤、睡眠剤、頭痛薬、胃薬など薬もいっぱい飲むようになり、28歳までは、リストカット、自殺未遂を繰り返していました。


<切腹自殺をはかる>
28歳の時に知り合った彼は、一生懸命私のことを気遣ってくれました。でもひどい精神状態にも陥りやすい私を、そのまま受け入れることはできなかったのでしょう。
彼女ができたとうそをついて、私と別れようとしました。彼と離れることはものすごい恐怖でしたが、仕方なく別れました。
それからまた、引きこもりがひどくなり、精神状態はひどい状態でしたが、それに追い討ちをかけるように、彼の子供を妊娠していることが分かりました。そして3ヶ月の胎児をおろしました。
子供をおろしてすぐ、私は包丁を胸に刺して切腹しようとしました。でも包丁が胸に当たってそれ以上は入らず、抜こうとしても抜けず、父に助けを求めました。
内科医の父は、泣きながら私を介抱してくれました。涙を流しながら父はずっと言いました。
「どうして?あなた、もっと輝けるはずなのに…」
私も父も母もどん底で、家族は疲れきっていました。


<引越しをして>
その後、ある人の紹介で引越しをし、住み込みで働くようになりました。周りの大人の人達から随分助けてもらい、だいぶ落ち着き、自殺をしようとは思わなくなりましたが、それでも精神の不安はあって、薬は飲み続けていました。
そして、1ヶ月ほど前の交通事故がきっかけで、うつがぶり返し、極度のうつになってしまい、養生苑で治療を受けたのをきっかけに、感性内観を受けてみようと決心したわけです。


<養生苑での生活がはじまる>
養生苑では、まず感性のことや、内観の話しをして下さいました。そのあと、私の過去のことを聞いてくれました。そして、2日目から、感性内観を行いました。

2日目の朝は、果物だけの食事でした。
「果物をすきっぱらに食べると、デトックス(排毒)が進むんですよ。」と先生が言って下さいました。お皿一杯のりんご、みかん、キーウイなどを食べたら、確かに排毒が起こってきたようです。その夜は、お腹が気持ち悪く吐き気がして夕食はほとんど食べれませんでした。それで結局、3日目、4日目と断食をすることになりました。


<断食中のすさまじい排毒>
 初日に,薬もタバコも止めたくなって、自分からやめたのですが、3日目と4日目は、薬の毒と食事の毒が出て、ゲーゲー吐いてしまいました。これは本当につらかったです。  
タバコの黄色いヘドロが出たり、タバコの葉っぱやフィルターまで出てきました。灰皿の中のグチャグチャの状態です。黒いタールも出てきました。あれを見たら、一生タバコは吸いたくなくなりました。
 薬の怖さも知りました。初日に薬を断ってからは、身体の痛みが出てきました。頭痛、手足の腫れ、手足が痛んだり、背中がつらかったり、気分が異常に暗くなったり、明るくなったり…。精神安定剤とか抗欝剤とか言っているけど、全部麻薬ですね。薬の恐ろしさを知ったから、もう薬もいらないです。


<父に対しての内観>
普通、最初はお母さんに対して内観をするそうですが、私の場合は母との問題があるということで、父に対する内観から始まりました。
 私はファザコンといっていいくらい、父が大好きです。感性内観をして、なぜ私は父が好きなのかはっきり分かりました。そして父はどれほど私を愛してくれているか、私はどれほど父に心配をかけたかが、実感できました。涙がボロボロあふれ出ました。


<許せなかった母への気持ちが、内観によって感謝に変る>
 私には、これまで許せなかったこと、認められなかったことがいくつかありました。そのひとつが母でした。
 母は小さい時から、いつも私の先回りをしてしまい、私の意志でしゃべらせてくれない、行動させてくれませんでした。いわゆる過干渉でしょうか。
 私が年齢を聞かれても、私が言う前に母が答えてしまう様な人でした。
そんな母に対して私は5歳の時から、「しゃべらない」と決めたのです。母だけでなく、全ての人に対して。
 そして大学を選ぶ時、私はある専門学校に行きたかったのですが、母や祖母は名声が大事でしたから、大学に行って欲しかったんです。それで「自分の自由がなくなっても、母やおばあちゃんを喜ばせよう」と私は決めました。
5歳のときに「しゃべらない」と決めた時と同じ、自分の本音や感性をおさえるようなことを決めてしまったのです。
そう決めてしまったことが、私の本来の感性をひずませてしまった根本原因であることに、今回大きく気づくことができました。
と同時に私は、自分自身が決めてこれまでのような自分の人生を作ってきた、ということに気づくことができました。母が私をこんなにしたのではなかったんです。
3日目、排毒でゲーゲー吐いているのは、ものすごくつらかったですが、その時、母はこれよりもっともっと苦しい思いをして私を産んでくれたことを感じたら、自然と母のことを許すことができました。
母に対しては「産んでくれてありがとう」それしか思わなくなりました。


<つらい過去への内観>
 先にも書いたように他にも許せない、認めたくない出来事が過去にはありました。
 23歳の時の彼は、友達と一緒に私を虐待しました。
 今回内観をするまでは、彼のことは忘れていました。思い出さないようにふたをしていたんですね。でも彼に対して内観をしてみると、彼自身、普通の価値観をもてず、思い悩んでいて、彼も必死だったんだ、そうしたことも仕方なかったんだと思え、許すことができました
そして1ヶ月前事故にあって、彼の事故と私の事故が重なり、あの時の感覚が思い出されて、死にたいと思い、極度のうつになったことにも気づけました。
でも、内観ってすごいですね。ふたをしていたものを開いてもう一度見てみると、つらいけど見えるものですね。見えると彼のことも分かり、許せなかったことも許せる。
鬼木先生もおっしゃっていました。「許すと許される」と―。全くその通りです。許せるとひとつ、私も解放されました。

そして、もうひとつの事件、28歳の時、彼と別れてからできていた子供をおろさないといけなかったこと。このことも内観してみました。
彼は親身になって私の事を考えてくれました。私がうつ状態で訴えても、応えてくれました。仕事も精一杯やってあんなに一生懸命になってくれた彼。でもあのような精神状態の私と彼が結婚したら大変でした。うそでも、彼女をつくって別れた方がよかった。内観の後は、彼に感謝できるようになっていました。
子供には、本当に申し訳ないことをした…。でも産まれていたら、いろんな意味でもっと大変でした。産まれることのできなかった子供には謝り続けながら、自分がこれからしっかり生きていくことで償っていくしかないと改めて感じました。


<自分の花が開くように…>
この3日間の内観によって昔の彼を許し、子供をおろしたことを許し、母を許した…。そのことで私は随分ラクになりました。
つらい過去と向き合う「内観」とつらい排毒が続いた「断食」をやり通し、これだけでも自信につながりました。また、薬とタバコをやめられたこともものすごい自信です!
からだと心のデトックスができて、私は本来の私の姿に復元しました。つきものが落ちたように明るく、元気に生まれ変わりました。
鬼木先生にも角谷先生にも「全く変った。過去のHさんではなく生まれ変わったね!」と言われて心から嬉しかったです。

10年近く、悩み苦しみ、どこに行っても治らず、何回も自殺しようとした私がこの6日間で治ったということが不思議ですが、事実です。
これからは、自分の感性にふたをせず、自分のもっているものがもっと花開くように精一杯生きてゆきます。