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22年間悩んでいたうつ症状が改善。昔の感覚や記憶もよみがえり、以前の私にもどれてうれしいです。

横浜市 T・Tさん(女性 38歳)
9日間、この身心養生苑に滞在させていただきました。
うつ病と言われ、18年以上飲みつづけた薬を4日目、自然に止めることができました。
禁断症状も出ていますが、動悸、不安、恐怖感が出る程度で、安心しています。自宅に戻ってもつらい時は、ここで教えていただいた「笑いの体操」と、どこでも出来る「呼吸法」で、対処してゆけると思います。
薬に変わる具体的、実践的な処方を教えていただいたことが、私にとって一番大きな収穫でした。これをやってゆけば、必ず治るという確信があります。
病院では、原因はないと言われ続けてきましたが、ここでは「原因はあるから、それに向かい合いなさい」と言われ、その療法として両親に対する内観をしました。父への内観はとてもつらく、ヘトヘトになりましたが、自分では封印していた、父との関係にうつの原因があることがわかりました。
幼いころから受けていたマイナスのことばかりにとらわれていましたが、内観を通して、父は父の役割を果たしてくれていたということを実感し、母と同じように、感謝という境地にいきつくことができました。何より、父母から健康な体をいただいたという命の根本的な確信が持てたのは大きな気づきでした。
森林(原生林)に散歩に行くのと、ニワトリさんに話しかけて餌をやったり水を替えたりしたのも、自然と動物が好きな私には大きな癒しになりました。野鳥やリスに出会えて散歩がとても楽しかった。刻々と変る海や雲の変化に驚き,また、歩きながら感謝と喜びの涙を何度も流しました。

薬が止められたのは、長年の私の夢がひとつかなったことです。これで「精神障害者」ではなくなったのですし、再び社会に出られるという夢と希望を取り戻せました。まだまだ入り口にたったばかりです。

細やかな配慮をして下さった鬼木先生、角谷先生、寿賀子さん、清水さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
“己こそ、おのれの寄辺、己を置きて、誰に寄るべぞ“
ある新聞記者の方の言葉だったと思いますが、これを強く思い出しました。私の好きな言葉のひとつです。

もう、書き尽くせません。とりあえず、ここまで―。


<当苑でやったこと、心の変化などもっと詳しく知りたい方はTさんへのインタビュー記事があります。平成21年2月4日インタビュー>

角谷:ここにいらしたいきさつをまず教えて下さいますか?

Tさん:<中学から始まった胃痛>
現在38歳ですが、最初症状が出たのは、14歳のころでした。胃痛から始まって、高校時代は朝起きられないとか、夜眠れないといった症状が続きました。大学受験に合格し、20歳のころ症状が一気に悪化しました。朝日が昇る頃、手足がけいれんして、日が沈むまでけいれんが止まらないといった状態で、大学も半年で中退せざるをえませんでした。
  
<18年間、精神科の投薬を続ける>
精神科へ行ったら、安定剤の処方から始まって、それ以来18年間、紹介先のクリニックから移った県立病院で投薬を受け、飲み続けてきました。
  精神的な苦痛、症状が取れなくて、その間三度ほど薬をやめようと思いましたが、やめると症状が悪化して、なかなか抜けられなかったんです。
薬は何とかやめたい!という気持ちはいつもありました。でも、もしこれで合う薬があれば、元気になって生活できるかも…、そうしなければしかたがないんだと、半ば投薬を受け入れようともしました。でも、合う薬がないし、症状も安定しない、という状態が続きました。
  
<実験台のモルモット?>
医者には、18年の間にいろんな病名を細かくつけられました。医者もどうしていいかわからない状態だったんでしょうね。「双極性うつ病」「統合失調症」―。最初は思春期の葛藤だったのが、そのうちいろんな病名をつけられ、薬も何種類ではすまない状態。あらゆる抗生新薬、安定剤、睡眠剤、ホントにコロコロ変りました。でもどれも副作用が出て、あまり効果がないのが結果でした。そのうち、自分は実験台のモルモットのような気分になってきました。それが医者に行くたびに、傷ついてゆく原因になっていました。

<仕事も出来なくなり、入院も>
最後は仕事も続けられなくなり、もうあきらめ半分、薬も何種類使ったかわかりません。何も手のほどこしようがなくって、2度ほど精神病院のうつ病棟に入院しました。でも薬物療法が中心で、鍼とか新しい療法も取り入れましたが、一時的なもので、治らない状態でした。

<自殺まで追いつめられる>
  合う薬もないなら、安定して元気になることは出来ないんじゃないか、という状況に追いつめられて、最後は自殺にまで追いつめられました。ここにくる1週間前です。
でもまた入院しても、薬の調整で何ヶ月もかかるということは、2度の入院で目に見えていました。1度目の入院は1年7ヶ月、2度目の入院で5ヶ月かかって、それで一時は回復したかもしれないけど、数ヵ月後にはもとに戻り、結局不安定な状態でしたから。

<安保&鬼木先生の講演会で身心養生苑を知る>
  たまたま近所で、身心健康堂に通っている人がいて、その方のすすめで、母が安保先生と鬼木先生の講演会に行きました。そこで初めて、母を通して身心養生苑のことを知りました。
  
<期待半分、あきらめ半分。でも人生をかけるつもりで>
  薬の薬疹もひどかったし、薬が飲み続けられないことを体で感じていましたし、精神科でこれだけ薬を与えて下さっても、先生も苦悩されているのがよく見えました。
精神的にわたしもつらい。人生をかけるなら、身心養生苑を知った今、ここにかけてみよう。助けていただこうという期待もありましたが、自分を失望させないように、ダメだったらそれでまた仕方がないという気持ちも正直ありました。大きな期待と半ばあきらめと、両方の気持ちで身心養生苑に参りました。

角谷:身心養生苑で起きたことをお話していただけますか?

Tさん:<4日目の夜、自分から薬をやめることを決心>
ここに来たとき、9種類の薬を使っていました。とにかく、ここに来た目的は薬をぬくということでしたが、身心養生苑の療法を受けているうちに、だんだん薬がなくても大丈夫ではないかという気持ちが自然に湧いてきました。それで、4日目の夜に「やめよう!」と自分から決心ができました。

<薬に代わる対策を教えてくれた>
   今まで、三回自分から薬をぬこうとしたり、医者がぬこうとした事もありました。でも、そのときは薬をぬこうとしただけで、それに代わる対策をとっていなかったのだということに、ここで気づくことができました。
   身心養生苑では、きちっとした対策方法を教えていただいたし、それを自分の体で実践できました。

<排便や睡眠の改善>
   たとえば、排便がなかったのが、実際、安定剤をやめてみたら、ちゃんと出るじゃないか、ということ。
   睡眠もそうです。睡眠薬をやめて、完全には眠れないけど、そこそこには眠れるじゃないか―。そのうち、何もなくても眠れるんじゃないかという確信が、自分の体でわかってきました。
   自分って医者が言うような病気じゃないし、それ程生物学的に悪いわけじゃない。実際、血液検査やCTスキャンをとっても、何の異常もないのは証明済みでした。

角谷: 今までは薬をやめようとして薬をいじっているだけで、本当のことをやっていなかった、だから戻ってしまうんだ、ということを実感されたんではないでしょうか。身心養生苑でやった具体的なことを説明してもらえますか?

<病気の原因と感性内観>
Tさん:「原因はない」って医者に言われ続けてきましたが、ここでは「原因はある」とはっきり言われました。
 「その原因に向かいあいなさい」と言われ、それを探る手法が「感性内観」という方法でした。
   じゃあ、これを挑戦してみよう、試してみなければいけないと思いました。(詳しい内容はあとに記載)

<薬の離脱症状には呼吸法で対処する>
実際、薬を長年飲み続けていたので、眠れないとか暗闇で恐怖心が出るとか、薬の離脱症状であろうと思われることが起こりました。それに対しても、今までは安定剤で対応していたのを、ここでは薬の代わりに、誰にでもできる「感性長息法」とよばれる呼吸法を教わりました。簡単にできる方法を示して下さったので、薬の離脱症状に対する対処法が具体的にわかりました。「自分で実習できる!」これは大きな手ごたえでした。

< 転がりこむほどの胃痛が「呼吸法」と「笑いの体操」でよくなる>
角谷:Tさんがおととい感性内観をしているとき、胃が痛くて私たちの部屋に転がりこんできましたね。
   その時、鬼木苑長が手をまったく触れずに、呼吸法と笑いの体操を指導されて、あなたの胃痛がよくなったのには、私もびっくりしました。
    
Tさん:胃病は、中学校時代からの症状で、私の考え方のクセで自責の念にかられると胃痛を起こすんです。そういうクセがあったのが、内観中に起きました。もう痛くて、涙を流しながら下の広間に転がり込みました。
  その時、鬼木先生は落ち着いて「大丈夫だから」と言われました。医者でしたら原因究明のために何の薬を出そうかと思案する。あるいはレントゲンをとってみようと言って、検査に走る場面です。
けれども、「大丈夫だから、私の言うとおりやってみなさい。それは心因性の胃痛だから」と指摘され 「大丈夫!笑いの体操を教えてあげるから」と言われました。
   私は大泣きしていましたから「笑えません」と言ったら「大丈夫だから私の言うとおりやってみなさい」とおっしゃるので、泣きながら先生のするとおりにやりました。一生懸命やりました。
    そしたら普通なら胃酸の薬を飲んでも2〜3時間、長いと5〜6時間続くような胃痛がほんの30分で、その呼吸法を続けている間におさまっていたんです。はじめての体験だったので自分でも驚きました。
   しかも何の薬も使っていないですし、誰かに手当してもらったわけでもない。ただ先生のおっしゃる通りのことをまねして、笑いの体操と長息法のふたつで胃痛がおさまったのは、ほんとびっくりしましたね。

<身心養生苑の統合療法の中心「感性内観」>
角谷: 身心養生苑でやっている中心の療法が「感性内観」です。
Tさんは、真の原因に迫る感性内観をやられましたね。
 
<最初お母さんに対する感性内観をやる>
角谷:最初(2日目)にお母さんに対する感性内観をしていただいて、 次に(4日目)お父さんに対する感性内観をしてもらいましたが、途中でうまく進まなくなりました。
  5日目、お母さんの感性内観を再度やってもらい、6日目、7日目(今日)とお父さんに対する感性内観をやってもらいました。ということで今日お父さんの感性内観が終わりロールレタリングを書いてもらいましたね。
 お母さんの感性内観で気づいたことはありますか?

<感謝の念のひと言>
Tさん:やはり感謝のひと言につきますね。
今までは甘えの感情だけだったのが、大きな感謝の気持ちが、改めて出てきました。

角谷:お母さんの感性内観を面接させていただいて、「お母さんは愛情をかけたお金の使い方をしてくれた」と言われたのが印象に残っています。
  いつの時もお母さんが寄り添ってくれ、いつも心配してくれ、いつも気づかってくれた、ということを感じられたのでしょうね。

Tさん:今まではいろんな時期があって、記憶もとぎれとぎれで、母と和解したのは30すぎてからだと思っていました。

<母は生まれたときからずっと寄りそってくれた>
  でも実際は、母は生まれたときからずっと、寄りそってくれていたんですよね。私は30すぎてはじめて寄り添えたと思っていたのですけど、実はそうではなかったのに気づきました。
  思春期から20歳頃までは、母は反抗の対象で、それ以降は社会に出ましたから、事務的な交流だけだと思っていたんです。
  でもつらい時には、いつもお母さんが寄り添ってくれていた。それを改めて、実感し、内観の後、最後に文字に残すというロールレタリングの作業がよかったと思います。
  
<感性内観で実感して、ロールレタリングを書く>
  ロールレタリングは、お母さんから私に手紙を書く、その後、その手紙の返事を私からお母さんに書くという自作自演です。内観の後だから、相手の気持ちになってという当たり前のことですが、普段の生活でしないことを、じっくり時間をかけてさせていただいて、その後のカウンセリングでもじっくりお話しを聴いていただきました。それで気持ちが静まってゆきましたね。


<つらかったけれど、感謝にいきついた父に対する感性内観>
角谷:お父さんに対する感性内観はどうでしたか?
 
Tさん: やはり幼い頃からの、やられたことが先にでてくるので大変苦しみましたね。されたことばかりがでてきて、それでも「してもらったことは何か」ということを頭だけで考えるんではなくて、父の立場になってみようとしたり、さまざまに視点を変えてみました。体験したことを時間をかけて再体験するわけですから、いきづまったのもあたりまえで、つらい時期もありました。
  それでも結果としては、母と同じように感謝の気持ちまでたどりつくんですよね。
  ヘトヘトになるまで内観をして、その感謝の気持ちまでとりあえずはたどりつけたので、これからその結果がでてくると思います。

<父母から健康な体をいただいた>
  また体で実感したこととして、「自分は健康なんだ」ということ。その健康な体を父から母からいただいたんだ、という根本的な確信が強まったのは事実です。

角谷:お父さんの感性内観の面接を聴かせていただいて私も涙があふれました

<自分のお父さんはふつうのお父さんだった>
最初の、生まれてから小学校卒業までの内観の報告のとき「ふつうのお父さんの写真が見えました。自分のお父さんはふつうのお父さんだったんだということをいつまでも胸に置いておきます」と言われたのには感動しました。

Tさん:もし理路整然と精神分析のようなことをされていたら、そういう風景は自分の心の中に思い浮かばなかったし、カウンセリングで話を聞いてくださっても、ただのぐちで終わって、傷を深めるだけになっていたと思います。
やはり感性内観というカウンセリングの方法は、正しい方向に向かっていますから、いい方に導いてくださったんじゃないかと思っています。

<感性内観は2・3日である段階まで達成できる>
Tさん:カウンセリングは、一般的には時間とお金ばかりかかって、あまり効果がないといわれています。場合によっては何年も何年もかかる場合があるんですけれども、それを感性内観は、2、3日である段階まで達成できるというのは、すごく効果的ですね。

<養生苑のスタンスは家族>
角谷:これは鬼木先生が長年工夫されて、感性論哲学と内観法を結びつけたことが大きいんです。
それにここの環境。泊まり込んでやると、ぼくらのスタンスは家族として、家族みたいになって接することができるので、開きやすくなるんです。

<病院ではここほど親身になってくれない>
Tさん:病院では、そこまで親身になっていただけませんし、事務的な部分もありますし、規則に縛られます。限界があります。
たしかに先生も繊細でいい方ですし、看護師さんもやさしいですけど、どうしても事務的な部分もでてきて、こちらもそこで制約されて断ち切られてしまうこともあります。
それを丸ごと受け入れてもらえた、ということが大きいですね。

<中高校生時代の感性内観での気づき>
角谷:お父さんに対しての二段階目で、中高校生時代のことをやってもらったんですけど、どうでしたか?

Tさん:つらい作業でした。
分析的に考えていたら、たどり着けませんでした。もっと大きな目で、自由自在でいたからよかった。

角谷:どんなことに気づきました?

<関わりはなくても父はいてくれた>
Tさん:やはり直接の関わりはなくても、父はきちんといてくれたという事実ですね。決して、父もなりたくてそうなったわけではないし、仕事も一生懸命やってくれていた、というプラスの面を発見しました。

角谷:私が印象的だったのは「私は被害者じゃない」とおっしゃったことです。

Tさん:そうです。やられただけじゃないんです。被害者ではない。そこからいただいたものもたくさんあるし、物事には両面があるというのは、本当ですね。何に対してもそうですね。

<父が与えてくれたもの>
角谷:お父さんはある面、反面教師として、お父さんにもらえなかった愛情は、いろんな他の方との出会いでより強く感じられたわけですね。

Tさん:それも父が与えてくれた種ですね。早く独立したくなりましたし、その起爆剤だった。それも父の力です。それはそれで、最終的、結果的には父の役割を果たしてくれていたんですよね。どんな形であれ、父が生きている限りは、自分に悪いものも与えてくれるけど、いいものも与えてくれているという事実ですよね。それをはっきりと自覚してみるという体験は、なかなかできない体験ですね。

<感性内観療法の独特なところ>
時間をかけてじっくり取り組むという、その時間の長さも普通のカウンセリングの2倍です。長い時間をかけて頭で考えるだけはでなくて、自分で再体験をするとか、負の感情を味わいながらも、そこに何かをみつけてゆくという具体的な作業も出来ました。そこが感性内観の独特のところだと思います。

角谷:いつも鬼木先生に言われることですけれども、「事実を通して真実をみてゆく」ということ。事実の奥にその本当の真実がある。
ふつうだと、お父さんの役なんてやってくれていないと思えるんですけど、本当は今言われたように、結果として、お父さんの役割をやってくれた、というのが真実です。真実に気づいたことが大きいんですね。

Tさん:父は、姿は見えなくてもちゃんといてくれた。与えてくれていたんですね。

<高校卒業から現在までの感性内観での気づき>
角谷:そのあと高校を卒業してから現在までの感性内観をやってもらったんですけれども、それはどうでした?大きな発見はありましたか?

<父がいた>
Tさん:そうですね、そこにもやはり父がいたということですね。
病院に行くと、「あなたはある程度年もいっているし、父は無関係の人だから、何の援助も受けられないのなら、考えることはよしなさい」と父を切り離すように言われていました。その時は仕事に入る真っ最中で、医者のアドバイスばかりでなく、実生活でもそんな風になっていたので、父をないものにしていました。

<20歳で父のことを断ち切った>
Tさん:20歳で父のことを断ち切り、それっきり、父のことを考えるのも断ち切っていました。
それも症状が長引いた原因だったのだということがわかりました。普通の医者に通い続けていたらわからなかったことですね。
自殺しようとした時も、父は私のことを想っていてくれていた
角谷:私も涙が出たのは、養生苑にいらっしゃる一週間前、Tさんが自殺しようとして、家を飛び出そうとした時、お父さんが階段を下りてきて顔を出して「T子、どこ行くんだ」って言ってくれた。
お父さんはお父さんなりに私のことを思っていてくれた、ということを感じられたと、おっしゃったことです。

Tさん:その時私は、お父さんを傘でつついて、傷つけてやろうと攻撃して、衝動的な気持ちになっていましたから。自分の事で頭がいっぱいで、死ぬことばかりで…。
父はいろんな時代がありましたけれども、父も人間ですから、現在の父がいるので、昔の父がいるわけではない。

<私が変わったように、父も変わっている>
私が変わったように、父も変わっている。そのことが見えなくて、父は私にとって、ろくに口もきいていない、その状態で止まっていましたから。その後父については、考えようともしなかったし、頭から抜け落ちていました。
よそのおじさんのようにしか見えなかったんですよ。ただの変わった人だな、というふつうの大人の目でしか見られなかったのが、やはりそうじゃない。外見だけの客観的な観方をしていると、見誤る部分があるし、頭で考えてばかりいると、相手のことを見失う。そういうことも実感しました。

<忘れていた父を掘り起こす>
Tさん:忘れていた父を掘り起こすということは、精神科医だったら、してはいけないことだ、と止められるのに、ここではあえてすすめられました。あま   
り過去のことを掘り起こすと、薬が増えるばかりでいいことはないよ、と言われていたので、父の感性内観をすると、もっと体もひどい状態になるんじゃないかと想像していたんです。
父の感性内観は苦しんだけど、別の境地にたどり着きました
苦しみはしましたけど、自分が想像していたようなひどい状態にはなりませんでした。
感謝という、別な境地にたどりつきました。

<医者にできなかったことを別の方法で対処してくれた>
18年通って信頼していた精神病院のお医者さんにもできなかったことを、ここでは別な方法で、きちんと対処してくれました。しかも具体的な方法で。

<これからのこと〜命の核は回復〜>
角谷:自宅に帰ってから、これからが大事です。
もう命の核はしっかり回復しましたね。でもこれからも症状は出てくることがあるかもしれません。そのときは、ここで教わったことを思い出して、対処しながらやってゆかれると、それがおさまってゆきます。
そうしていくうちに完全に良くなってゆくでしょう。お母さん・お父さんとの関係も深まってゆくと思います。

<薬はもうやめています>
Tさん:薬はもうやめていますし、医者に行っても断れます。断るだけの説得もできます。それだけのことを体験しましたし、実感できました。証拠も残りました。
お世話になったお医者さんにもきちんと説明できます。

<薬に代わる具体的・実践的な方法をいただいたのが一番の収穫>
Tさん:薬に代わる具体的、実践的な方法をいただいたのが、一番大きな私の収穫ですね。薬を飲まないと、欲しくなることもあるかもしれませんが、それに代わる対処法をやってゆけば、必ず治るという確信もあります。元の自分ではないです。

角谷:信が回復しましたから、それは信じていいことです。

Tさん:それをこれからの生活でもっともっと確立してゆかないといけないですね。これからの課題です。
まだまだ入口ですね。道のりは長いけど、それが人生ですから。

角谷:基本的なところはクリアーできたのではないかと思います。

Tさん:そう言っていただけるとー。そう信じていいと思います。