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感性・内観コース

体験談


母への内観で、命と愛をいただいたことを実感できました。
(K・Iさん:女性66歳 石川県 2泊3日の感性内観コースに参加)

本厚木の講演会から、熱海の宿泊研修、そして身心養生苑の2泊3日の研修と大変有意義な日々を過ごさせていただきました。私にとっては、何もかも初体験、本当に驚きの連続でした。

送っていただいた本(「家庭の中で自分でもできる身心まるごとDETOX」)を読んだときは、こんな方法で私が変わることができるのだろうかと正直なところ思っていました。しかし、内観をしてみて母との関係が明らかになり、決して良い母娘関係ではなかったのですが、母の愛を受け止め、母から命をもらったことを知りました。

それに対して私は、感謝も愛も母に対してしてこなかった娘でした。母への内観を終え、他者への感謝の気持ちが少し湧いてきて、自分中心の傲慢な私を認めることができたと思います。ありがとうございました。

また、ここでのお食事やお世話、本当にありがとうございました。お食事も、手作りジュースもおいしかったです。

ここでのスタッフの皆さんのあたたかさ、そして鬼木先生のあたたかさ、本当に心地よく滞在させていただきました。ここでの考え方がもっと多くの人に、行き渡ることを願ってやみません。


『母の目から自分を見る』感謝の気持ちが原動力に
シフト・アシスト研究所が発行している 小早 祥一郎さん著の「シフト・アシスト通信」小早祥一郎さんの体験談をそのまま掲載致しました。
小早 祥一郎さん

「内観」という自己修練法があります。浄土真宗の僧侶でもあった故吉本伊信氏が開発したもので、外界と遮断された静かな部屋で精神を集中し、自分と他者との関わりを調べ、面接者に報告するものです。特に両親に対する調べが重要で、内観が深まれば、時に劇的な精神的変化を引起こすと言われています。

今回私は、伊豆高原にある「心身養生苑」において二泊三日で「感性内観」を体験してきました。感性内観は鬼木豊氏によって考案され、感性を開放させることでより深く内観に集中できるようにしたところが特徴です。

まず母に対して、@自分が生まれたときから小学校入学まで、A小学生・中学生時代、B高校生・大学生時代、C社会に出てから今まで、の四つの時期に区切り、「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」を調べます。

このとき、「母の目を通して自分を見る」ようにします。私たちは普段、自分のことを自分で見ることは出来ません。しかし内観では、対象者の視点になり切って、「客観的に」自分を見ます。

正直なところ、初めはなかなか深いところに入り込めませんでした。なによりも、幼い頃の出来事はあまり思い出すことが出来ません。ポツポツと断片的なエピソードは思い出すのですが、どうもそれらが深く心に響いて来ないのです。段々と焦ってきました。「こんなことで、内観の効果があるのだろうか?」と。

そのとき、ちょうど折り良く面接者である鬼木豊氏が、「考えるのではなく、感じるのです。」「思い出すのではなく、母の目から自分を見るのです。」「一つ一つの出来事には必ず意味があるのです。その意味を感じ取ってください。」とアドバイスしてくれました。

そのアドバイス通りに、考えることを止め、感じることに集中しました。母が私を見て、どのような気持ちだったか、を感じ取ることに努めました。

すると突然、母の気持ちが分かりました。私は随分生意気でわがままな青年で、特に十代後半から三十代前半までは、ことあるごとに両親と衝突して、時にはひどい言葉を投げつけたこともあります。そんな時、母は私を見て「なんてかわいそうなんだろう」「なぜこの子はこんなに苦しんでいるのか」「自分が代われるものなら代わって苦しみから解放してやりたい」と思っていることが分かったのです。

そして母は、私が生まれてから今までずっと私に、「あなたが正しい。私はあなたを無条件で信じている。だからあなたは自分が正しいと思う道を進みなさい。」と心の中で言っていたのです。

それが分かったとき、私の目からは涙があふれ出て、嗚咽が止まりませんでした。ありがたい、という感謝の気持ち。申し訳ない、という懺悔の気持ち。愛しい、という思慕の気持ち。それらがあふれ出て、止まらないのです。これだけ感性が揺さぶられたのは、初めてでした。

私は今回の体験を通して、母の心に触れ、「自分が正しいと思う道を進む」ための大きなエネルギーを得ました。心の底から「ありがたい」と思ったとき、人は行動する原動力を得るようです。


父母への恩返しのためにも、全力で生きていきたい
(32歳 男性)

何かの縁で「感性内観コース」の参加させていただきました。感性内観との出会いは、偶然的なことだったかもしれませんが、体験し終わった今、これは必然的な出会いだったのではないかと思えるほど、私の人生を変えるかもしれない(本当に変わるかどうかはこれからの私の努力しだいです)貴重な体験でした。

内観を通して、自分が父母の愛情や恩に対していかに無関心であったか、自分が父母にどんなにたくさんの苦労をかけてきたか、その一端に気づいたとき、自分がとても恥ずかしく情けなく思えました。自分はなんと傲慢な“勘違い”人間だったのだろうと‥。

父母への恩返しのためにも、立派な人間、人のために全力で生きる人間、感動を一生求め続ける人間をめざしたいと思います。

針灸の資格を身につける前に、また、父親となる前に内観を体験できたこと、何より鬼木先生に出会うことができて、本当によかったと思います。自分の夢に向けて、そして生まれてくるわが子のためにも、精進いたします。先生からいただいたお言葉の数々、一生大切にします。


“内観”のすばらしさと“感性”の大切さを実感!
(27歳 女性)

私は、3泊4日の感性内観コースに参加しました。このコースで私は多くのことを学び、十二分に満足しています。

私は母と一緒に参加したのですが、それまでは顔をあわせるとすぐ口論になってしまう仲でした。でも、母に対して内観を行った結果、母の人生、私に対する愛情をフツフツと感じられるようになり、今では母の子として生まれた幸せを心から感じられるようになりました。

それにしても、内観は素晴らしいです。この手法を学べたのは、一生の宝です。これからも先きっと私をずっと正しい道に導いてくれると確信しています。また、鬼木先生から教えていただいた「感性」の大切さ。これも私にとって大きな気づきでした。

今までは、知識、思考力の一辺倒だった自分をとても反省しました。これからは感性を磨く努力もしたいと思います。

“Don't think, Just feel !”を目標にこれからも日々精進していきたいと思います。ありがとうございました。


ぜんそくとの出会いが、医者への希望の道を開いた!
(30歳男性 医学部2年生 東京)

自分は小学生の頃からぜんそくをわずらっていました。大学の時に小さい頃から好きだった空手をはじめて良くなったものの、試合で胸を強打されてから、また地獄のような発作の苦しみを毎晩味わうようになりました。

身心健康堂に通うようになり、ぜんそくの発作もなくなり始め、空手も再開できるようになりましたが、ぜんそくが根絶したわけではありませんでした。そんなとき、角谷院長から感性医道の研修を勧められ、ものは試し!と参加することにしました。

最初に鬼木苑長のお話を聞きましたが、感性を土台とした感動の生き方、感性を磨き鍛え、人格を高く、深く、広くする生き方が、健康、成功、幸せに通じるという話をたくさん聞き、これはすごい!これが本当に実現すれば、未来は変わると感じ、わくわくしながら聞き入っていました。 

そしてその後、はじめて感性内観の実習に取り組みました。そこで実感したことは、父母にしてもらったことや心配、迷惑をかけたことばかりが多く、いかにお返しができていない自分だったかということでした。

また、両親に甘えっぱなしの自己中心的でわがままいっぱいの、自立していない自分、小さく傲慢な自分をまざまざと見せつけられ、申し訳ない気持ちでいっぱいになり涙がこみ上げてきたのでした。そして不思議なことに2泊3日の研修中、一度もぜんそくの発作が起きなかったのです。 

それから帰宅してからも、日常内観(自宅で毎日内観すること)を続けました。そして内観の対象を父母でなく、ぜんそくを対象にする内観にトライしてみました。するとなぜ、ぜんそくになったかがよくわかってくるのです。

自分の場合、ぜんそくの発端が母との関係に深いつながりがあったことが新しい発見でした。それは家族関係が複雑で、母が一人で悩み苦しみながら自分を育て、息苦しい生活をしていた。その苦しみをそのまま自分がもらって、ぜんそくになったのではないかということです。

そのことがわかる前から、なんでこんなぜんそく持ちの自分に育ててしまったのかと、母を責め恨んでいました。わかってからもどうしても母を責め立てる気持ちが出て、母親を変えようとしました。それでは自分の自然治癒力が活性化するはずがありません。

そんなわけでぜんそくの症状も、一進一退を繰り返すという状態でした。そんな自分との葛藤を経て苦しみながらも、自分を育てて大学まで卒業させていただいた、父母への感謝の気持ちが深まってゆく中で、母親の苦しかった気持ちが理解できるようになって、許すことができたように思います。

そして内観が深まってゆくうちに、ぜんそくになった真の原因は、自分にあったということに気がつきました。それは自分の弱さでした。

自分の思うとおりのことができないと怒り発作を起こし、行きたくないのに行かなければいけない状態に追い込まれては発作を起こし、やりたくないのにやらなければならなくなると発作を起こすという具合に、発作の原因を自分で作っていたことがわかったのです。

ぜんそくをいいことにいつも甘え、自分で自分の心身のバランスを壊していたということに気づいたわけです。自分の弱さを克服する道を見つけて、早く自立せよ!というメッセージだと受け止めることができました。

その後も何度か研修に参加し、将来の自分の生きる道をはっきり見出すことができました。それは医者の道でした。それも西洋と東洋の医療をめざして、多くのぜんそく患者が治療できる医者、という志をはっきり持つことができました。

今は三浪した後、無事医学部に入学でき、医者になるべく勉強に励んでいます。ぜんそくからも解放され、夢をもち目標に向かって生きる生活はとても充実していて、希望の日々を送っています。


父を許し、自分を許したことで、身心が癒された!
(40歳女性 保母 横浜市)

私はいつも寝つきが悪く不眠状態で、心身のバランスをくずし躁うつ状態に悩んでいました。つい子供や主人に当り散らすこともあって、家庭の雰囲気も暗くなり、子供が不登校になったこともありました。

病院の精神科に行って薬を飲んだりしましたが、頭の中にくもの巣が張ったような感じでいつもすっきりせず、重いものがのしかかったような感じで憂うつな毎日でした。何とかこの状態から抜け出したいとのおもいで、感性内観の研修を受けることにしました。

内観では母から見た自分を調べた後、父から見た自分を調べました。内観がすすむにつれ、私はずっと父のことを責め続け、憎み続け、今もなおその心を引きずり父を許すことができない、強情でみにくい自分を発見すると同時に、私には父を責める資格なんかなかった!ということに気づかされ、愕然としてしまいました。

そして、父親の大きな愛情に気づきもせず、いまだ亡き父を許すことができない自分が恥ずかしく、申し訳なさでいっぱいになったのです。その罪の深さと父の愛情に自ら気づいたとき、止めどもなく涙があふれてきました・・・。

ことの始まりは、中学2年生のとき、尊敬していて優しかった父が突然、蒸発し家に帰ってこなくなったことからでした。それからは、母と兄弟二人の暗く寂しい三人家族になってしまい、父に裏切られた憎しみ、恨み、怒りでいっぱいの毎日でした。そしてその半年後、父がなんと20歳代の若い女性と一緒に暮らしていることがわかり、さらにショックを受けたのです。

そんなことがあったのち、父は家に帰ってきましたが、私は父に対して不潔で軽蔑の気持ちだけが膨らみ、口も聞こうとしませんでした。そして、父は1年前に他界したにもかかわらず、どうしても父が許せず、私の心も悶々とし、そんな自分を何とかしたいとクリスチャンの洗礼を受けたり、いろんなところに相談もしたりしていました。

それが今回内観をし、はじめて父の立場にたって自分を見たとき、今まで気づかずにいたことが見えてきたのです。

父は家に戻ってからは、自分の間違いを恥じ、信用を回復するために、ひたすらまじめに一生懸命家族のために働いてくれました。そして私を、希望する高校、大学へと進学させてくれたのです。

そして大学2年生のときでした。私は好きな人ができて、その彼と同棲していることが親に見つかってしまい、母は狼狽し、母の信頼を裏切った私をせめて嘆き悲しみました。

しかし父は、私に文句の一言もいいませんでした。そればかりか、母が反対する彼とその後、結婚をさせてくれました。結婚の支度からすべての費用を快く父が出してくれたのです。

その事実を改めて父の気持ちになって見たとき、「私は父を責める資格なんかなかった!」ということを実感として感じ、それから石のように硬い心のわだかまりがどんどん溶けていったのです。父はわたしが幸せになることだけを考え、私を許してくれたからこそ結婚をさせてくれたのだということも、そのときはじめて気づかされました。

父母を裏切った自分のことは棚に上げ、父ばかりを責め続けた私は、なんと親不孝者だったのかと自分が情けなく恐ろしくなりました。自分のこれまでの罪と父の大きな愛情に触れて、私はその場で泣き崩れてしまいました。

今は父に心から懺悔してお詫びをする毎日です。そして今は、心の底から父への感謝の気持ちでいっぱいです。あんなに暗く重かった私の心は、霧が晴れたようにすっきりし、なんともいえぬすがすがしさにあふれています。

家庭でも主人や子供たちに自然と感謝の気持ちがあふれ、「ずいぶん明るくなったね」といわれます。これからは、亡き父の分まで家族に尽くし、幸せになっていこうと思います。