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ガン難病コース



ガン難病コース 体験談


30年間つづいた緊張の真の原因が腑に落ちたとき、過去の自分と決別して新しい時代が始まりました
H・Kさん(男性 30歳 長野県)4泊5日の難病コースに参加

<緊張は、幼少時代からはじまる>

僕は物心ついたときから、緊張していました。不安と緊張のかたまりでした。小学校から胃が縮む思いで学校に行っていました。給食はぜんぜん食べられず、食欲はわかなかったです。

小学校の時は、学校では緊張していましたが、少年野球をやり、遊ぶのは楽しかったです。友達もいました。友達は僕が緊張しているなどとは思っていなかったと思います。中学校では,より緊張がひどくなり、ちぢこまって元気がない状態になっていました。おとなしくなって衰弱がでてきました。

<元気がなくなり、人生が終わるのを待っていた>

高校になるともっとひどくなり、人と一緒にいるのも緊張してきて、離れたくなるんです。友達と遊ぶのもしんどいんです。人が怖いわけではないんですが、人の顔色を伺うような感じで、傷つくようなことを言われると、それが残ってしまったり、嫌なことを言われないだろうかと思ってしまう自分でした。

 学校に行くのもしんどくて、どうしていいかわからなかったです。衰弱してくると寝てばかりで、元気がなくなり、縮こまる感じです。外へ出たらしんどくなり、何かやろうという気力も出てきませんでした。

 こんな自分のことを家族にはわかってもらえませんでした。自分でもどうしていいかわからないので、生きるのを投げ出して人生が終わるのを待っていました。 

<はじめて精神科へ行き、薬を飲みだす>

 高校を出て、名古屋のバイオテクノロジーの専門学校に入り、一人暮らしを始めました。しかし、衰弱して弱ってきて、精神的にも参り、学校もほとんど行かず、実家の諏訪(長野)に帰ってきました。

 そして母親に連れられて、はじめて精神科にいき、薬を飲みだしたのです。薬を飲みだすと、衰弱はなくなりましたが、緊張するのはよりひどくなりました。20代はずっと薬を飲み続け病院に通っていました。外に出ると緊張するので、家で過ごしていて仕事にもつけませんでした。

<自殺未遂、そして生まれて始めて怒りを出す>

 現在は30歳ですが、3年前、もう生きているのはムリだと感じて塩素ガスで自殺をはかりました。しかし死ねませんでした。このことは誰にも気づかれませんでした。

 自殺しようとしていた時、もうこれで終わりにしようと思っていたとき、気持ちがぐらぐらゆれて、カベが破れるような喜びが湧いてきた瞬間がありました。「世界中の人が家族だ」と感じてワーと喜びが湧いてきました。

そして今までたまっていたうっぷんを吐き出したい気持ちになり、怒りが爆発して、家で叫びあたりちらしました。隣で寝ていた兄や親に今まで言えずにいた本音をぶちまけました。生まれてから一度も、怒りを出したことがなかったので、どうやって怒りを出したらいいかわからず、発作状態でした。

<カイヨー性大腸炎になり、統合失調症の病名がつく>

その時の発作で、僕は興奮しすぎて、カイヨー性大腸炎を起こし、1ヶ月入院しました。 その後、また怒りが爆発して、カイヨー性大腸炎が再発し、1ヶ月入院しました。そして、去年(2008年)12月には、激しく感情が出て母をけったりするひどい発作が起き、病院でも叫んでしまい取り押さえられ、1週間入院しました。「統合失調症」という病名をもらいました。

 実は3年前、気持ちがゆれてカベが破れるように喜びが湧いてきた時、瞑想をやっていたんです。その時から、自殺はやめました。そして、何とかよくなろうとして、本を読んだりして、ちょっとずつ思いつくことを行動できるようになってきました。

<身心養生苑に来て内観をする>

そして先日、安保先生と鬼木先生の『免疫道場』を読み、ネットで調べて、ここなら大丈夫そうだと思って身心養生苑に来たんです。 

 身心養生苑では、初日、鬼木先生の話を聞いたあと、母に対する内観を行ないました。一段階目は生まれてから、小学校入学前までを調べて角谷先生に報告しました。その時角谷先生はこう言われました。

「物心ついた時から緊張していたなんておかしいね。お父さんとお母さんが仲が悪くてケンカばかりしていたとか、あるいは、上が男ふたりだから、お母さんは女の子が欲しかったんじゃないかな。」

 そう言われて俺はハッとしました。そういえば、母は俺をおかっぱ頭にしたり、女の子の格好をさせていたっけ。母は、女みたいな可愛らしい自分を喜ぶので、女みたいな男をめざしていた。無意識の中で、母を喜ばせようとして、本当になりたい自分をおさえこんでいたんじゃないか、って気づきました。

 3年前までは、かわいいと言われたら喜んでいた自分がいました。しかし、それまで我慢していた怒りや不満、たまっていたものが、3年前バクハツしたんです。鬼木先生も角谷先生も、そのバクハツはいいことだったと言ってくれました。

<30年間緊張していた、真の原因がわかる>

 そしてはっきり、原因がわかりました。俺がなぜ30年間緊張していたかの真の原因が…。それは、「人の喜ぶことばかり演じて、本当の自分らしさを抑えていたからだ。だから、緊張していたんです。だから、生きづらかったんだ!!」このことがわかったときは、一緒にいた角谷先生も鳥肌がたったようです。

母も俺も、これまでは何でこんなに自分が苦しんでいるのかがわからなかった。でも、このときはっきり理由がわかったんです。理由がわからなかったのが、緊張や不安などいろんなことの原因だった。だから、自分も相手も責める必要はない。これからは本当の自分らしさを抑えずに生きてゆく。この決心が今回できました。

そういえば俺は小さい頃から、自分を抑えていたのが、内観をしてはっきり見えてきました。これがやりたいとか、やりたくないとか言いませんでした。いつもニコニコしていた。自分に自信をもって行動したことがありませんでした。自分を信じられないから、誰かがいいということしか信じられなかったんです。それに、感動した思い出、楽しかった思い出がないんですね。母も怒りはだしませんでしたね。兄弟仲良くといわれて男3人ケンカもしませんでした。家の中のみんな、怒りを抑えて暮らしていたのかもしれません。

<自分らしさを出して生きる。言いたいことは言う>

「人は自分のことで精いっぱい。誰も他人のことなんか気にしていない。」と角谷先生に言われましたが、俺は人の顔色を気にしているから、自分の思うようにふるまえなかった。これからは気にするのをやめます。昔のことは、理由がわからなかったので、悩んでいたけれど、もう過去は終わりました。今日から新しい時代が始まりました。

『自分らしさを出して生きる。言いたいことは言う。』これがこれからの俺のモットーです。まだ、具体的には思いつきませんが、これからは人に喜ばれることをして生きたい、人の役にたって生きたいと思っています。



首の腫れ、グリグリはガンかもしれない、という不安と恐怖から解放され真実をみる生き方を知りました。
K・Sさん (女性 55歳 東京)7泊8日の難病コースに参加
初日
3日目
7日目

角谷:養生苑に来られた目的は?

Kさん:首から肩にかけての痛みやはれ、コリがひどくなって、グリグリがでてきたのが不安で、ガンかもしれないと思いました。それを解決するための手段をさがしてゆく中で、安保先生の理論をきっかけに統合医療を知り、それがずっと捜し求めていたものだ、これしか今の状況を治せるものはない!と直感しました。これまでの不調を治せるものを見つけたと直感できて、ここにきました。最初は、西荻窪の治療院に行って、養生苑に来ることが先決だということで、1週間の予定でこちらに来ました。

角谷:どんなことをやって何を学べましたか?

Kさん:身体の不調、心の不調をコントロールする“感性”というものがあって、それがわからないと、心と身体の健康は手に入れられない、幸せはめぐってこないということ、そして、その理論が本当なんだという事を、まず実感しました。

また「ガンかもしれない」という不安が大きくて、悪い方に信じてしまうとものすごく信じてしまう。角谷先生に「ガンでなく、90%は首のコリからきているものでしょう。」と言われて、とっても救われましたが、悪い方を信じてしまうエネルギーを、いい方に信じる力に転換しないといけないということを、一番学んだと思います。そのためにも、真実をみる、ということの大切さを教えていただきました。

また、治療では、温熱治療をしながら、温熱で届かないところに鍼をしてもらいました。その時、はじめてズキッときて、ここが悪いんだというところに直接響いた時は、「これは効いた!」という実感がありました。その日寝る時、鍼をしてもらったところに熱を持つような感じがあり、今効いているなという実感があり、その日はじめてゆっくり眠ることができました。

今後、温熱療法によって自分で自分を治すようにと思っていますが、何をやってもすぐに効果が出ない、症状の重い私のような人にとって、ある程度までは、鍼の力を借りて気力、体力をつけていただけたことは本当に救いでした。

それから、酵素の威力、烏骨鶏の卵油の力も実際に飲んでみて実感できましたし、自分の血液画像の診断をしてもらいながら、血液の変化を確認できたのもよかったです。

角谷:内観はどうでしたか?

Kさん:これまで感動していたことを、日々の生活の中で忘れてしまったなと感じました。“ありがとう”という気持ちを持っていないといけないなあ、自分が50歳を超えて生きてこれたのは、両親の深い愛情のおかげですし、そして子供にも恵まれ、家族に恵まれ自分は幸せなんだということを確認できました。内観をして、自分のダメなところ、相手のあたたかい気持ち、そのとき苦しんだであろう気持ちをもう1回思い出して、やさしく包んであげたいなあと思いました。

角谷:内観のお世話をさせていただいて、Kさんはすごくご両親の愛情をうけて育てられたのがわかりました。お父さんはお子さんを育てるのに時間をかけましたね。家族を大切にしたお父さんでしたね、それが伝わってきました。

Kさん:内観をして愛情がよみがえってきました。

角谷:その他には?

Kさん:食事もすごく美味しかったです。マクロビオティックをやっていたので、烏骨鶏の卵やお肉を食べていいのかなと思いましたが、大丈夫でしたし、血液をきれいにしてもらえるとわかり、とてもありがたくいただけました。烏骨鶏さんが自分の命を私にくれているんだなあと、とってもありがたく思えました。烏骨鶏のスープもおいしかったし、お肉は鶏肉ではなく、不思議な感じでした。動物だけでなく、植物も自分の命を私にくれて、元気にしてくれたんだということで、食物に対してすごく感謝です。

角谷:これからは?

Kさん:鬼木先生や角谷先生、寿賀子さんに出会えたことは、人生の転換期というか、ここですごい人間に出会えたという感じがあります。特に角谷先生には、私の持っていた疑問に全部答えていただきました。理論だけでなく、実践面からも答えていただけ、こんな素晴らしい人にあったのは、生まれてはじめてと本当にそう思ったんです。これからは、鬼木先生の書物を読ませていただいて、毎日の生活についての実践を詳しく学びたいと思います。まずは食事について勉強して、そして自分で温熱治療をやって、からだの正しい使い方(疲れないパソコンの使い方など)を実践してゆきます。

 あまり精神的にも肉体的にも無理をしてはいけない。疲れている時は、真実をみて、休むことも必要。そこで我慢をして、平気な顔をして、いい顔を作ってやっていると、無理がたたってしまう。ここ1,2年は長時間働きすぎ、精神的にも肉体的にもムリをしすぎたので、真実をみて転換してゆきたいと思います。

 寿賀子さんも愛情のこもったお料理をつくって下さったり,城が崎に連れて行ってくださったり、とても温かい心で包んで下さって感謝です。ありがとうございました。



自分が変われそう!
(T・Yさん 長野県 37歳 女性 6泊7日の「うつコース」にご参加)

「来苑前は不安ばかりでしたが、今は薬も手放すことができ、自分が変われそうな明るい希望でいっぱいです」

6泊7日の「うつコース」で来苑しました。申し込んだのはよいものの、どうなるかと不安ばかりでしたが、自分をどうにかしなきゃといけないという思いが勝ち、やっとの思いですが来苑できました。

先生のお話やスタッフの方の体験したお話を聞き、はずみで2日目から薬をやめてみました。断食も同時にしたので、頭痛がひどくとてもつらかったのですが、断食明けで食べ物が入ってきたとたん、どんどん頭痛が消えていきました。とても驚きました。これが、デトックス?!あんなに薬が手放せなかったのに…。まだ、解毒しきれないのか、けいれんしたり頭がぼやっとしますが、確実に前とはちがい心のつらさやおびえが減りました。何より、気持ちが楽になったようでうれしいです。

鬼木先生をはじめ、園子さん、角谷先生、奥様にとても親切にしていただき、ありがたく思います。皆さん、それぞれの体験したことを正直にお話していただき、申し訳ないような身につまるようなありがたい気持ちです。心のこもったやさしい食事にも感激です。

内観は、はじめとても不安で、耐えられなかったらどうしようと思っていましたが、表面的に感謝していたのとはちがい、心の奥の方からありがたい、申し訳ないという気持ちが生まれてきてビックリです。本当に自分が変われそうな気がして、将来に希望が持てそうです。もっと深めて、もっと自分をよくできたらいいなと思います。感性のお話も納得するところがたくさんありました。じっくりお話がきけてよかったです。感性を磨くって大事ですね!

何より、皆さんのお気遣いがビンビン伝わってきて、ずっと避けていた「やる気」を引き出していただいたのが、ありがたかったです。ふくらはぎマッサージや温熱療法もとても気持ちよく、温熱ドームでは眠ってしまいました。心のこもった施術も身体のみならず、心に効いたように思います。

これから不安もありますが、以前よりずっと希望が持てるので、ムリせず少しずつがんばりたいです。

~Tさんのその後~

養生苑でのお写真をお送りしたら、元気なメールが届きまた感激しました。少し紹介いたします。

「前略 本当にいろいろお世話になりました。写真を見てついこの前の事なのに、すごく懐かしくなりました。私は一応、穏やかに過ごしています。今までの生活に少し負荷をかけてできること、やりたいことをしています。(中略)

ずっと薬の禁断症状(頭痛、めまい、ぼやっとする、筋肉がこわばる、眠れない)に耐えていました。でも、辛さにがんばりが負けそうで夕べ一錠だけ飲んでしまいました。少し自己嫌悪ですが、良い方に考えれば1錠だけですんでるってすごいし、また減らしていけばいいやと開き直ることにしました。

何より、気持ちが変わったのがうれしいです。内観のおかげだと思います!特に母の内観とロールレタリングで心から感謝するようになりました。母も父も私の変化にとまどいながらも喜んでいます。こういう気持ちが続くよう時々内観していきたいです。(中略)

わだかまりのある人達すべての内観が深まれば、ずいぶんさっぱりするだろうなと思います!これが私の理想で目標です。温熱療法も自宅で続けていて、冷え性とのぼせがなくなりました。汗の出方も変わったようです。それでは皆さまも身心に気をつけて元気にお過ごしください。」

「Tさんの7日間を振り返って」

来苑前はかなりの不安をお持ちでしたが、7日間の養生を終え、とてもすっきりした表情になり、未来に対しても明るい希望を持ってお帰りになりました。スタッフとしてこれ以上の喜びはありません。

Tさんの7日間は、いくつかの山場というか辛い時期がありました。ひとつは3日間の断食をされたのですが、長年飲んでいらした薬の排毒がかなり強く出て、特に断食明けの前日は、夜も眠れないほどの吐き気、頭痛がでたことでした。

でも断食明けが終わり食事をとりはじめると、うそのように体もすっきりしてTさんも自信がついたのでしょう。すっかり薬から離れることができました。そして、来苑前は全くの昼夜逆転の生活だったそうですが、この4日目あたりから、自然にリズムに沿って夜もよく眠れるようになってきました。

もうひとつは、過去の過ちゆえに自分を責める思いがあって、“自分は幸せになってはいけない”という思いに苦しまれていたことでした。

それに対しては、最初の3日間、自分の素直な思いを鬼木先生に質問されました。そして先生と対話をする中で、ひとつひとつ絡んだ糸がほぐれるように、自分を責めるのでなく幸せになっていくことが大事だ、そのためにも閉ざされ悲鳴を上げている感性(生きる力)を解放してあげること、そしてそのために内観という作業がある、といったことが府に落ち、納得されていったようです。

そして、内観に取り組むわけですが、ここでは、お母さんに対しての否定的な思いがあるため、内観への不安、戸惑いがかなりありました。

しかし、鬼木先生とのかなり時間をかけての対話や、石井光先生(青山大学教授)の内観のテープを聞く中で、不安がほぐれていき、「母へのわだかまりはとるにたらないことかもしれない」ということに気づき、ご自分からお母さんに対する内観をすべてやり終えることができました。

ロールレタリングも書かれ、それを読み上げるときは、ありがたいという母への恩情や心配ばかりかけて申し訳ないという罪の意識などの思いがこみあげてきたのでしょう、涙ながらに読んでくださいました。閉じていた感性が少しずつ扉を開き始めていることが、聞いている私たちにもひしひしと伝わり、心からうれしくなりました。

今回のTさんの7日間は、長年常用していた薬からはなれられたこと、昼夜逆転の生活から自然のリズムにもどれるきっかけがつくれたこと、感性内観や鬼木苑長の対話的カウンセリング、またスタッフの温熱療法などによって、閉じていた感性が開きはじめ、心のつらさ・おびえから解放されて、自分を信じようという気持ちがうまれたことが大きな成果だったと思います。

Tさん、これからも陰ながら、応援しています!

(身心養生苑スタッフ 角谷寿賀子)


「温熱療法や内観など中身の濃い3日間―。なんと、その後の検査でガンが消えていました。」
(K・Tさん 東京都 女性55歳 2泊3日の「ガン・うつコース」にご参加)

2泊3日の短い間でしたが、中身の濃い貴重な体験でした。本当に命の洗濯をさせていただいたような気がします。昨年秋にガン(悪性リンパ腫)Ⅳ期と宣告されて、入院。抗がん剤を投与してきました。はたしてこれで治っていくのであろうかと、不安を抱えた日々でした。

11月退院。1月からビワ葉、こんにゃく療法、湯たんぽ、足湯、ビワ腰湯など、自宅で試してみましたら、体が温まり、肩こりや冷えが少しずつ改善してきて、腫れや痛みの箇所にも変化がみられてきたのです。

そして、出会った三井温熱器を試してみた所、すばらしいものだということがわかりました。“これで治るかもしれない!!”と思い、インターネットで調べて温熱ヴィラのことを知りました。

「身心癒しの体感コース」で鬼木先生にお会いして、すぐに伊豆にある身心養生苑に行く決心ができました。鬼木先生のお言葉で、特に印象的だったのは、次のふたつです。

  • 「病気になっておめでとうございます。」
  • 「病気は自分でつくるもの、そして自分で治すもの」

安保先生との講演会ビデオもみせていただき、改めてこの意味が分かりました。内観を深めていく中で、本当に先生の真剣さが伝わってきて、これは命がけだな!!と実感しました。自分の弱さを改めて感じ、両親に対しての思いも乏しい自分に気づかされました。

父が55歳で今の自分と同じとしに他界したことが、不思議なことです。父の命を引き継いで、生きたいと思えました。80歳の母とも、これから楽しく生活したいと思いました。

角谷先生には、温熱療法を実際に自宅でやる方法を教えてくださりながら、治療してくださいました。そして、気やパワーの入れ方、呼吸法、体のしくみ、働きなども教えていただき、なぜ早寝早起きが良いのかが特にわかりました。

朝夕の散歩などもご一緒していただき、私の足は歩くのに合っていると言ってくださり、すごく嬉しかったです。病気になったとき、もう二度と山やスキーにいけなくなるの…と思っていましたから、これからも楽しめるなんて最高です!!散歩の途中に採れた明日葉が朝食に出たときは、感動でした。

寿賀子さん、美味しくて体に良いお食事を、心を込めて作ってくださり、ありがとうございました。これからの毎日の食事に大変参考になりました。温熱療法をしてくださりながら、子育てや食事療法のお話も貴重なものでした。

鬼木先生というすばらしい人生のあたたかい先生に、また角谷先生というステキなご夫婦にも出会え、幸せに思います。ありがとうございます。

良い知らせがあります。

昨日、腹部のCTをとりましたら、12cm×10cmの腫癌がほとんど消えている!!と言われ、来月、上部の検査で少し残っていても様子を見ましょうとのことでした。皆さまに感謝です。これからも、教えていただいたことを忘れずに、食事やからだの仕組みも勉強していきたいと思います。

卵油と酵素、ありがたくいただいております。本当にお世話になりました。感謝申し上げます。

K.Tさんの血液画像診断

初日
3日目

初日は丸い赤血球が殆どなく、こんぺい糖のような形の崩れた赤血球でした。

しかし、3日目には何と殆どが形の良い丸になっていて、血液の流れも初日より良くなっていました。

これは、玄米食・野菜ジュースといった食事のせいもありましょうが、ご本人の感想にもあるように、内観療法などにより、涙の洗浄によって精神的にスッキリとした事も大きいのではないかと思われます。

まだ、赤血球同士がくっついているものが多いので、今後卵油や酵素などを飲むことによって、より血液がきれいにサラサラになっていくと予想されます。 身心養生苑スタッフ



「ガンの恐怖から脱却」
2007年03月20日 肺がん 角谷記

身心健康堂の角谷が、肺がんと診断され共存治癒した患者様の経緯をまとめたものを紹介致します。

69歳のN・Sさんが養生苑にいらしたのは、去年の10月23日でした。彼女は平成18年7月終わり、咳が止まらず発作性の咳で、医者に行ったところ喘息と言われて薬を飲んでいましたが治らず、北里大学病院でレントゲン、CTの検査の結果、右肺に3.2センチのガンがあることが分かりました。

ガンの宣告を受けてからは、ショックで落ち込み、食欲もなくなり、45キロあった体重が42キロに落ちました。10月18日、病院へ行って最終的にどうするか方針を決める予定になっていました。

しかし、彼女のガンのことを知った彼女の気功の先生が、Sさんに安保先生の本を読むように勧めました。「医療が病をつくる」という本を読んだそうです。そして、インターネットで安保先生の考えで治療を行っているところをさがし、健康堂を見つけたそうです。10月17日に健康堂に来院されました。

その日は気功の先生と、Sさんの妹さん、Sさんのご主人の4人でいらっしゃいました。まず4人同席で、健康堂院長の鬼木豊が、医療面接を行いました。

そこでそれまでの経緯を、彼女は涙ながらに話されました。ショックで気力も体力もすっかりなくなってしまっている…そんな印象を受けました。そして彼女の話を真剣に聞く鬼木理事長。

「ガンの宣告を受け、『ガン』イコール『死』だと思い、ショックで食欲もなくなり、これまでやっていた気功や散歩も出来なくなってしまいました。もうこれで手術して死んでしまうのかと思うと悲しくて…。気功の先生が手術しないで治るわよ、と励ましてくださり、ここにつれて来てくれました。」

鬼木理事長はまず、10月30日に発売された安保先生との共著『免疫道場』の経緯や、安保先生との関係を話されました。「安保先生と私との共通点は『病気を作るのも治すのも自分、自分しか治せない』というところです。それがあるから共著につながったんです。」

それから鬼木先生は福岡のお兄さんが余命6ヶ月の宣告を受けたとき、とんでいって医者とかけあって、結局お兄さんは助かり、今も元気で生活しているという体験談を話されました。その力強い鬼木院長の話を聞いているうちに、Sさんは手術をしないで治していこうと決めることが出来たようです。

そばで妹さんもただ聞いているだけでなく、「病院と健康堂はどこが違うのか」「本当に手術しないで治るのか」と、本音で質問をぶつけてくれました。それもまた良かったのです。1時間ほどカウンセリングを受け、シラク治療と温熱器による温熱療法を受けて帰られました。

そして10月22日、伊豆高原の身心養生苑へ、まず一週間の予定でおみえになったのです。妹さんのご主人の運転で、ご主人と妹さん夫婦の4人でいらっしゃいました。ご主人と妹さんたちは心配そうにされていましたが、鬼木院長の話を聞いて安心して帰られたようです。

「身心養生苑は、病院でも旅館でも介護所でもありません。自然に戻るところです。家庭の延長で、家族のように生活して、生を養う。命を養う場所です。」

養生苑での生活は、後からご本人に伺った話がありますので、続きは以降に載せます。

彼女の決意は相当なものだったと思います。周りはやはり、反対していたそうです。しかし今、彼女は言っています。「知らないで苦しんでいる人、たくさんいるんでしょうね。とても恐いことですね。」

いろいろな選択肢があることを分かってもらいたいと思います。そして、自分で決めて欲しいと思います。医者や治療家というのは、あくまで方法を提示するだけで、あとは患者様自身が選び、決意する事が大事ではないでしょうか。

2007年03月22日 養生苑での養生生活 N・Sさんご本人記
苑長と一碧湖周辺散策

10月22日から身心養生苑で、同じ日にリウマチの治療でみえたRくん(39歳)といっしょでした。息子のような友達で、朝夕の散歩を一緒にしました。

鬼木苑長は毎日お話してくれました。「自分で治すのが一番だ」「自分には素晴らしい力が備わっている、それが免疫を上げるんです」と、勇気付けてくれました。それでも人間だから、これでいいのか…と不安に思うこともありました。そんなときにはノーと言って、その思いを断ち切ることも教わりました。

食事は一日2食で玄米と自然食、うこっけいの卵、うこっけいまるごとスープ。治療は温熱治療と、夜は温熱ルームで1時間汗を出し、温泉にさっと入ります。はいったあとはすっきりして、お肌もつやつやになりました。一日がとっても早くて楽しいですね。

朝は声を張り上げて、万人幸福のしおりを読んだり、笑いの体操をします。一碧湖にドライブに連れて行ってもらったり、病気になって以来歩いたことのないくらい歩いていい汗をかいたりもしました。

3日目からは感性内観を、自分が生まれてからそれまで4回に分けてしました。いままで思っていなかったこと、考えてもみなかったことを初めて体験しました。一度も思い出したことのないことまででてきて、涙があふれて自分でも驚いたくらいです。

こんなに親には迷惑をかけていて、親ってありがたいなぁとつくづく思いました。親は死んだらもういないと思っていたけど、今も見守ってくれているんですね。こういう感謝の気持ちが、病気を治していく力になることが分かりました。

はじめは一週間の予定でいましたが、必要だったら延泊するつもりでした。鬼木苑長には、「延泊するかしないかは、あなたが決めることです」と言われ、私は延泊することにしました。

主人に一週間ぶりに電話をしたときです。主人は「元気か?」と涙声で言いました。どんなにか私の声を待っていたかと思ったら、私は感極まって…

「だいじょうぶよ。元気になってきたからね。もう一週間泊まるよ」 そしたら「いいよ。」と一言。主人も私の声を聞いて安心したようでした。

私はタバコを吸ったり、不規則な生活をしたわけではないのに、なぜ肺がんになったのか理由がわかりませんでした。しかし養生中にわかったことは、私は自分のことだけ考えて生きてきたということ。主人が一生懸命働いていてくれたおかげで、今は何不自由なく生活できる。毎日のように主人と旅行に行っていました。ラクしすぎていたんです。

自分のことばかり考えないで、世の中に人様に恩返しすることが大切なんだということを学びました。私の病気を完治させ、その体験をみなさんにお話する。今はその目標が出来て、パッと未来が明るくなりました。

「ただ生きているだけでは価値がない。何もすることがない、ラクを求める生き方、生きがいのない生き方は、魂の抜け殻になってしまう。生きがい、喜び、楽しみが生きる気力となります。生きる気力は生活の中で生まれるんです。」

「生き方が変わらないと元に戻りますよ」

鬼木先生に教えられたこれらのことを、できる限り実践していこうと思っています。

2007年04月24日 肺がんの共存治療

肺がんの治療でお見えになっているN・Sさまから、うれしい報告が届きました!!

肺のX線、MRI、血液検査を受けての結果が出て

「右肺下部のガンは、大きくなっていない。そのままで全く悪さをしていない、共存の状態である。」 とのこと。

「X線ではガンは見えないが、MRIで見るとガンが見える。でも全く暴れていない。ひっそりとしているようです。」

と、検査を担当した横浜の内科医 山本忍先生から結果報告を受けたそうです。

3月に入って、以前出ていたセキやノドの違和感、温熱器によるアチチ反応、肺の脈の異常など、肺がんによる反応がほとんどなくなったので、4月になったら検査をしてもいいのではないかと、私も判断しました。

それで私の知り合いである、横浜にある神之木クリニックの山本忍院長を紹介して、山本先生のところで検査をしてもらうことにしました。

山本先生は、ホリスティック医学協会をつくった方で、東洋医学のこともよく分かっておられる先生です。

また、病からのメッセージを大事にしておられます。私たちがやっている医療を理解してくださっている先生なので、Sさんを紹介しました。先生のところでレントゲン、血液検査をしてもらい、MRIは横浜の医療センターで検査してもらいました。

私としては、肺がんは消えているのかな?とも思いましたが、結果は消えていないが、ガンとしての活動はしていない、という共存治癒でした。

肺がんが消えるよりも、共存している方が、喜びすぎることなく、これからも身心の健康に注意しながら生活できるので、かえってよかったのではないかと思います。

よかったですね!Sさん。 Sさんの治療を通して、私たちも学ぶところが多かったです。

2007年04月25日 Sさんの肺がんはせっかく来ていただいたお客様

4月23日に山本忍先生より、4月11日のSさんの診察結果の報告が、私の許へ届きました。

それによると

  • 遠隔転移の指標であるLDHの上昇はない。
  • 血液学的な貧血や肝臓の異常はない。
  • 腫瘍マーカーCEAは13.2(正常値5.0以下)と軽度上昇ですが、以前のデータから見ると下がっているかもしれない。
  • 胸部MRIで右肺下葉胸膜に3x5センチの腫瘍陰影を認め、当初の大きさと変化はない。
  • 縦隔、肝臓、副腎などへの転移所見はない。 とのことでした。

そして、その日の夕方山本先生と電話でお話しました。

山本先生

「Sさんの治療はひじょうにうまくいっていますね」

角谷

「ありがとうございます。西洋医学の医者で東洋医学が分かり、しかもガンからのメッセージまで話していただける、山本先生のような医者はいません。Sさんも先生に診ていただいてたいへん喜んでおられます。私としてSさんのガンは消えているかもしれないと思っていましたが、消えていませんでした。彼女のガンは壊死しているのですか?」

山本先生

「壊死はしていません。壊死すると熱が出ますから。このガンは消えることはありません。彼女にとってはガンがあるほうがバランスがとれるんです。Sさんのガンは、せっかく来ていただいたお客様です。ガン本来の働きをしています。」

角谷

「Sさんはガンに感謝しています。ガンになって夫婦仲も良くなり、新婚のようになりました。食事も心を込めて作るようになったし、毎日夫婦そろって散歩しているそうです。ガンを頂かなかったら、こんなに充実した生活は出来ていないとおっしゃっています。」

山本先生

「そう。それがガン本来の働きなんです。その人をより良くするために、来てくれるお客様なんです。」

角谷

「Sさんもそのことをよくわかっておられます。鬼木先生や身心養生苑で学んだことを素直に実践しておられて、ほんとにSさんは人柄も素敵になりました。」

山本先生

「半年に1度くらい検査したらいいですね。これからもフォローアップしますよ。」

という、2人の会話でした。